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2026.06.08 校長ブログ

はぎの通信 No.170(涙の意味を考える)

 

はぎの通信 No.170 (R8. 6.8)

中越高等学校長 萩野 俊哉(はぎの・しゅんや)

 

涙の意味を考えるThinking About the Meaning of Tears

 

 県総体も終盤を迎えました。本校でもすでに多くの競技で結果が出ています。まずは選手の皆さん、本当にお疲れ様でした。また、仲間を支えた部員の皆さん、応援に駆けつけてくださった保護者の皆様、そしてご指導いただいた先生方やコーチの皆様にも心から感謝申し上げます。

 

 さて、結果が出た皆さんに聞いてみたいことがあります。その結果が決まった瞬間、どんな気持ちでしたか。勝った人は、喜びや達成感、安堵感があったかもしれません。これまでの努力が報われたと感じた人もいるでしょう。一方で、負けた人は悔しさや無念さ、あるいは「もっとできたのではないか」という思いが込み上げてきたかもしれません。

 

 では、もう一つ聞きます。今、この校長通信を読んでいる現在の気持ちはどうでしょうか。不思議なことに、人の感情は時間とともに変化します。勝利の喜びは少しずつ落ち着き、次の目標へと視線が向かいます。敗戦の悔しさも、時間の経過とともに整理され、自分自身を見つめ直す機会へと変わっていきます。私は、試合や大会の本当の価値は、結果そのものだけでなく、その結果をどう受け止め、次にどう生かすかにあると思っています。

 

 ところで、負けてしまった皆さんに、もう一つだけ問いかけたいことがあります。

 

 皆さんは、負けて泣けましたか。

 

 少し意外に思われるかもしれませんが、私は近年、負けて涙を流す生徒を、本校に限らずあまり見かけなくなったように感じています。もちろん、涙を流すことが正しくて、泣かないことが間違っていると言いたいわけではありません。感情の表し方は人それぞれです。悔しさを胸の中にしまい込む人もいますし、表情には出さなくても深く落ち込む人もいます。

 

 しかし、私は時々考えるのです。負けて涙が出るというのは、それだけ真剣だったという証ではないだろうか、と。勝ちたいと心から願い、仲間とともに努力し、自分の時間を注ぎ込み、その目標に本気で向き合ったからこそ、負けたときに悔しくて涙が出る。私はそんな涙を決して恥ずかしいものだとは思いません。むしろ、本気で挑戦した人だけに流せる尊い涙なのではないでしょうか。

 

 高校生活は、一生懸命になれる貴重な時間です。勉強でも、部活動でも、学校行事でも構いません。結果だけを追い求めるのではなく、「負けたら悔しい」「失敗したら残念だ」と思えるほど真剣に取り組んでほしいと思います。

 

 もし今回、悔し涙を流した人がいるなら、その涙は決して無駄ではありません。その悔しさこそが、皆さんを次の成長へと導いてくれるはずです。そして、もし涙が出なかったとしても、自分は本当に全力を尽くしたのか、自分の心に問いかけてみてください。

 

 県総体は、多くの競技で一区切りを迎えます。しかし、皆さんの成長の物語はまだ続きます。勝った人も、負けた人も、その経験を次の一歩につなげてください。

 

 私は、結果以上に、本気で挑戦する皆さんの姿を誇りに思っています。

 

以上