はぎの通信 No.147(「記号接地」─ことばが生きるとき)
はぎの通信 No. 147 (R7. 12.1)
中越高等学校長 萩野 俊哉(はぎの・しゅんや)
「記号接地」──ことばが生きるとき
("Symbol Grounding" - When words come alive)
みなさんは、新しい言葉や知識を「覚えたはずなのに、実際にはうまく使えない」という経験がありませんか。これは決してみなさんの努力不足ではありません。認知科学者・今井むつみ先生は、学びが深まるためには 「記号接地(symbol grounding)」 が必要だと述べています。
「記号接地」とは、言葉や知識という「記号」が、みなさん自身の 具体的な経験や感覚、場面のイメージにしっかりつながることを意味します。例えば英単語を100個覚えても、その言葉を使う場面が頭に浮かばなければ、使いこなすことはできません。runという単語を見たとき、腕や足などの動き、息づかい、風を切る感覚などがよみがえるようになれば、その言葉は「接地」され、初めて生きた知識になります。
数学でも同じです。公式を暗記するだけでは問題は解けません。「なぜその公式になるのか」「どんな場面で使えるのか」といった根拠が、具体的な図形や数量のイメージと結びついたとき、公式は自分の武器になります。地歴公民の歴史用語も、教科書のページではなく、当時の人々の生活や思いが想像できるようになってはじめて、本当の理解になるのです。
みなさんが部活動で身につける技術も、まさに「接地された知識」です。野球であれば、打撃フォームの理論を聞くだけでヒットは打てません。実際に何百回もスイングし、ボールを追い、失敗しながら微調整していく。その経験が理論という「記号」を身体に接地させてくれます。音楽でも、美術でも、同じです。「知識」と「経験」がつながるとき、技術は格段に伸びます。
本校の授業でも、みなさんが記号接地を体験できる場を用意しています。英語のペアワークやグループワークやスピーチ練習、理科の実験や総合的な探究活動、あるいは地域との交流などは、まさに知識を現実に接地させる機会です。「教科書の知識」が「自分のことば」に変わる瞬間を、ぜひ味わってほしいと思います。
これからの社会では、ただ知識を持っているだけでは不十分です。AIやインターネットは、膨大な情報を瞬時に教えてくれます。しかし、その情報をどう解釈し、どう活用するかは、みなさん自身にしかできません。「記号接地」された知識は、みなさんの判断力や創造力の源になります。
日々の学びも、部活動も、学校行事も、みなさんの中で必ず「意味」となってつながっていきます。どうか、知識を点として覚えるのではなく、自分の経験という地面に接地させながら育ててください。その積み重ねが、みなさんを未来へと力強く押し出してくれるはずです。
以上